最高裁判所第三小法廷 昭和63年(オ)1543号 判決 1992年10月20日
上告人
三星ジャパン株式会社
右代表者代表取締役
趙正憲
右訴訟代理人弁護士
藤井正博
被上告人
野村祐株式会社破産管財人森本輝男訴訟承継人野村祐株式会社
右代表者代表取締役
野村祐治
右訴訟代理人弁護士
岩田喜好
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人藤井正博の上告理由第一点について
一被上告人は、昭和六一年一〇月八日に破産宣告を受けていたが、原審口頭弁論終結後の平成二年三月二八日に破産廃止決定があり、その後右決定が確定している。
二被上告人は上告人に対し、上告人から購入したパンティーストッキングに瑕疵があったと主張して、本訴で、その損害賠償請求額の残額四〇七万四六〇〇円とこれに対する遅延損害金の支払を請求している。
三右請求に対し、上告人は、次のとおり主張した。本件売買は商人間の取引であるから、買主である被上告人には、商品の引渡しを受けた時点で遅滞なくその検査を行い、瑕疵があったときは、これを売主である上告人に通知すべき義務があった。しかるに、被上告人は、昭和五四年九月二七日に上告人から目的物の引渡しを受けその後相当の期間を経過したにもかかわらず、右通知を怠った。したがって、被上告人は上告人に対し、本件損害賠償請求権を有しない。商法五二六条によれば、商人間の売買において目的物に瑕疵があった場合、その損害賠償請求権は遅くとも六か月以内に行使されなければならないが、被上告人は、本件売買による損害の最終発生日である昭和五五年三月四日から三年以上も経過した昭和五八年一二月七日に本件訴状を提出して本件損害賠償請求権を行使したのであるから、被上告人の本訴請求は不適法である。
四上告人の右主張に対し、原審は、被上告人は、昭和五四年一二月末ないし翌五五年一月初めに本件売買目的物の転売先から通知を受けて瑕疵を発見し、直ちに上告人に対しその通知をしたとの事実を認定した上、商法五二六条は、商人間の売買における買主の目的物に対する検査及び瑕疵ある場合の通知義務に関する規定であり、これを怠ったときは損害賠償を請求し得なくなるというものであって、権利の不行使による損害賠償請求権の消滅に関する規定ではないから、商法五二六条を根拠とする上告人の主張はそれ自体失当であるとして右主張を排斥し、請求に係る損害金全額とこれに対する遅延損害金の一部を認容した一審判決を支持して、上告人の控訴を棄却した。
五しかし、原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
商法五二六条は、商人間の売買における目的物に瑕疵又は数量不足がある場合に、買主が売主に対して損害賠償請求権等の権利を行使するための前提要件を規定したにとどまり、同条所定の義務を履行することにより買主が行使し得る権利の内容及びその消長については、民法の一般原則の定めるところによるべきである。したがって、右の損害賠償請求権は、民法五七〇条、五六六条三項により、買主が瑕疵又は数量不足を発見した時から一年の経過により消滅すると解すべきであり、このことは、商法五二六条の規定による右要件が充足されたこととは関わりがない。そして、この一年の期間制限は、除斥期間を規定したものと解すべきであり、また、右各法条の文言に照らすと、この損害賠償請求権を保存するには、後記のように、売主の担保責任を問う意思を裁判外で明確に告げることをもって足り、裁判上の権利行使をするまでの必要はないと解するのが相当である。
これを本件についてみるのに、原審の確定したところによれば、被上告人は昭和五四年一二月末ないし翌五五年一月初めに、本件売買目的物に瑕疵があることを知ったものであるところ、その瑕疵があったことに基づく損害賠償を求める本訴を提起したのは、右の最終日から一年以上を経過した昭和五八年一二月七日であったことが記録上明らかである。そうすると、除斥期間の経過の有無について何ら判断することなく、被上告人の請求を認容すべきものとした原判決には理由不備の違法があり、原判決はこの点において破棄を免れない。そして、右に説示したところによれば、一年の期間経過をもって、直ちに損害賠償請求権が消滅したものということはできないが、右損害賠償請求権を保存するには、少なくとも、売主に対し、具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の算定の根拠を示すなどして、売主の担保責任を問う意思を明確に告げる必要がある。本件についても、被上告人が売買目的物の瑕疵の通知をした際などに、右の態様により本件損害賠償請求権を行使して、除斥期間内にこれを保存したものということができるか否かにつき、更に審理を尽くさせるため、上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てを含め、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)
上告代理人藤井正博の上告理由
一 上告理由第一点
原判決は、法令の解釈を誤り、または理由を付せず、もしくは理由齟齬があり、それが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから民事訴訟法第三九四条および同第三九五条六号に該当するから破棄さるべきである。
1 上告人は、第一審において「被上告人の本訴請求にかかる四〇七万四、六〇〇円の損害賠償請求は、本訴提訴の昭和五八年一二月七日付受付の訴状によってなされたものである。右損害の発生日の最終日は、昭和五五年三月四日、被上告人が訴外株式会社サンフォードに対し、本件パンティストッキング(以下「本商品」という)を売渡した日であるから、被上告人の訴訟提起による権利行使と、損害発生の最終日との間に三年以上の日時が経過しているから、被上告人において商法第五二六条により損害賠償請求権がない」と主張(上告人の昭和六一年六月二五日付準備書面三項)したのにもかかわらず、第一審は被上告人の本訴請求につき、上告人の右抗弁につき判断することなく、これを認容したのである。
2 したがって、上告人は、控訴審において、これにつき判断を遺脱した旨を主張(控訴審における昭和六二年九月一一日付準備書面(第一)したのであるが、原審は、これに対しつぎのとおり判決した。
「第二 主張」と題する事実摘示のうち、「2 商法第五二六条によると、商人間の売買において目的物に瑕疵があった場合、その損害賠償請求権は六ケ月以内に行使しなければならないところ、被上告人は、本件売買による損害の発生日である昭和五五年三月四日から三年以上も経過した昭和五八年二月七日に本件訴状を提出して右損害賠償請求権を行使したのであるから、被上告人の右損害賠償請求権の行使は不適法である。」と加入したうえ、これについて、
「6 次に上告人の抗弁について検討するに、上告人がその主張の根拠とする商法第五二六条は、商人間の売買における買主の目的物に対する検査及び瑕疵あるときの通知義務に関する規定であり、これを怠ったときに損害賠償請求等し得なくなるというのであって、上告人主張のごとく損害賠償請求権不行使によるその請求権の消滅に関する規定でないから、右法条を根拠とする上告人の右主張はそれ自体失当であるといわざるを得ない。」
3 しかしながら、原判決は、上告人の主張を誤解しているものであり、到底承服できないものである。
上告人の主張は、前記の第一審および控訴審の主張がどのような経緯からなされたかは、一件記録から明らかなとおり、上告人の主張は二段構えとなっているのである。すなわち、第一に、被上告人は商法第五二六条による検査および瑕疵あるときの通知義務を怠っているから損害賠償請求権を有しない旨を、第二に、被上告人が右通知を怠っていなかったとしても、損害発生日から損害賠償請求権の行使の日まで三年以上の日時を経過しているものであるから(前記第一審準備書面参照)、除斥期間の経過により被上告人は、損害賠償請求権を行使し得ない旨を主張しているのである。
4 なるほど、商法第五二六条は、民法第五七〇、五六六条で認められた売買の担保責任にもとづく請求権を保存するための要件に関する規定である(最高裁判所 昭和二九年一月二二日第二小法廷判決 民事判例集第八巻二〇〇頁)が、それでも、その権利の行使には民法の右法条が適用され、一年の除斥期間の適用があるのである(大審院 大正三年三月五日判決 大審院民事判決録二〇巻一四〇頁参照)。
そして、また除斥期間は、当事者が援用しなくても、裁判所は、これを基礎として裁判をしなければならない(我妻 栄 新訂民法総則 民法講義Ⅰ 四三八頁)。
したがって、原判決は、商法第五二六条の規定の制度目的にのみ気を取られ、上告人の主張する除斥期間経過による被上告人の損害賠償請求権の消滅について、判断を遺脱した違法があるから破棄を免れないものである。
二 上告理由第二点
原判決は、つぎのとおり訴訟法上審理不尽の違法があり、これが判決の結果に影響を及ぼすこと明らかであるから、到底破棄を免れない。
1 上告人は、原審において、昭和六二年九月一一日付を以てなした文書送付嘱託の申立が採用決定されたので、上告人は、被上告人である破産者の管財人の協力により、同管財人の保管中の商業帳簿(保管場所 破産会社の倉庫)を調査したところ、つぎの事実が判明した。
(一) 破産者とその取引先との間で、本商品が取引された期間の昭和五四年九月二一日から同五五年三月四日(<書証番号略>)までの得意先元帳は破棄されていた(<書証番号略>)。
発見されたのは昭和五五年度以降のものであった。破産者は四月一日から翌年三月三一日までが営業年度であったから右取引期間は昭和五四年の営業年度の分であり、その年度の同元帳が破棄されたということは、破産会社が証拠を湮滅したものと断じてよい。
なんとなれば、訴訟継続中のものを破棄するということは、訴訟に有利であれば、当然に訴訟終結まで保管しているのが常識であり、これを敢えて破棄するという行動に出たということ、まして商業帳簿等が破産管財人に引き継がれるということになれば、本商品の取引の真相(架空の取引)が暴露されかねないことを恐れて、故意に破棄し、破産管財人の目からこれを隠したものである。
(二) 上告人は本訴と関連事件である大阪地方裁判所昭和五五年(ワ)第二三三六号、第三三四二号、第三九〇八号事件(控訴審 大阪高等裁判所昭和五八年(ネ)第一一二八号事件、上告審 昭和六一年(ネ)第一二五一号事件)の控訴審において、甲第五号証から同第一五号証の納品書(控)等の元の綴りを書証として提出するよう、再三相手方にこれを求めたが、同代理人の岩田喜好辯護士は「忘れた」とか、「事務所においてあるが、忘れた」と言って、終にその提出を事実上拒んだのである。
そこで、上告人は、破産管財人の保管中(破産者の倉庫)の商業帳簿等を調査したところ、「株式会社サンフォード」の綴り一冊(乙第五〇号証)のみを発見したが、その余のものは、発見できなかった。この一冊だけが存在したということは、破産者において、全部を破棄したつもりが、右の一冊を破棄し忘れたということである。上告人は、その中身を検討し、甲第一五号証は、破産者が前記の関連事件の訴訟に提出するため、あとから作成されたものであることを原審において、立証せんとして、つぎのとおり論証した。
(1) すなわち、乙第五〇号証においては甲第一五号証の発行番号分のNo.003906の一セット(納品書 控、請求書、納品書および受領書)が全部ちぎられていて存在しない。それに反し、その余のNo.003903、No.003904、No.003909、No.003910の四部は、みんな納品書控が綴られていた。
(2) さらにNo.003905の分は、書き損じで一セットがそのまま綴られている。またNo.003907も一セットが、本商品名が記入されたまま綴られている。しかし不審な点は、使用されていないのに、これに55.3.5.の日付の古田名の検収印が押印されていて、そのうえその内容として、数量一八〇デカ、金額三六、〇〇〇円と記載されていた(甲第一五号証は、数量一二〇デカ、金額二四、〇〇〇円である)。綴込みのまま、検収印および取引内容が記入されていることは、実際にはない取引について訴訟に提出するため贋の証拠を作り上げたものであること明らかである。
(3) No.003903の納品書控は四月二日付となっており、No.003904のそれは四月一六日となっておる。しかして、甲第一五号証のNo.003906の納品書控は、それより以前の三月四日となっており、一綴りの一冊の形の伝票の記入の順序として、日付順になるのが普通なのに日付を遡らすというのは、証拠を後から作成したという明白な証左である。
2 以上により明らかなとおり、破産者は、訴訟に備えて後日贋の証拠を作成したのであって、その争訟態度は到底許容できるものではない。
さらに、上告人は、破産者の提出した証拠の殆どが、通常の業務の過程において作成されたものでなく、かつ、本訴訟において架空の取引を真実に存在したかの如くに証拠を作成したものであるから、信用性がないとして、さらにこれを裏付けるべく、昭和六二年七月三一日付を以て、その取引先のサンデーこと鈴木登志子ほか九名につき、破産者との間の本件取引につき、その実情の証言を求める人証の申出ならびに商業帳簿、諸証憑等を文書送付嘱託の申立をしたが採用するところとならなかった。前記の如く乙第五〇号証により、上告人と被上告人との間の取引が存在しなかったこと明らかであるのに、原審は、これを無視して右申立をいずれも却下したのである。
原判決言渡の部は、大阪高等裁判所第六民事部となっておるが、この事件の係属部は、もともと同裁判所第五民事部であった。この係属部はたまたま前記関連事件を審理判決した部であったところから、上告人は、同部に対し本訴訟の審理を回避するよう上申したところ、これを回避されることなく審理が進められ、途中において、急遽右の第六民事部に配点し直された経緯があったのである(両部とも右人証の申出および文書送付嘱託の申立の却下した)。
右のとおり乙第五〇号証と甲第一五号証との間の矛盾点から、明らかに破産者において架空の取引を策出し、贋の証拠が作成されていること明らかであるのに、原審は、上告人が本件架空取引を破産者の取引相手方から裏付けんとした立証を制限したのである。このことは審理不尽の訴訟手続したものというべく、そしてこれが判決の結果に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は、破棄のうえ原審に差し戻されるべきである。
三 上告理由第三点
原判決は、売買契約不履行による損害に関する相当因果関係について、法律上解釈を誤った違法があり、これが判決の結果に影響を及ぼすこと明白であるから破棄さるべきである。
1 「破産者が本商品を、その取引先に売り捌くに際し値引きした金額は、破産者の被った損害である」との破産者の主張に対し、上告人は、「破産者がその値引きにつき上告人との間で協定をせずに、無断でこれを行ったものであるから、破産者が主張する損害との間に因果関係がない」と主張したが、原審は、これに対し「破産者が上告人から買入れた本件商品は破産者主張(請求原因5(二))のとおりの瑕疵あるものが混在し、全体のほぼ三分の二が商品価値のないものであった」と認定し、さらに「まだ売却していなかった品物についても、一デカあたり金六一〇円で転売しうる筈であったのに、到底まともな商品として売却ができないため、やむなく傷物として請求原因5(2)記載のとおり(……)訴外山口繊維株式会社に対し一デカあたり金二〇〇円で売却した。」と認定しているのであるが、まことに、経験則に反する事実認定である。先ず第一に、商品価値のないものが全体の三分の二もあったのであれば、取引慣例上、全部が商品価値のないものとみなされ、即時返品扱いとされるのであって(それこそ残り三分の一の完全な商品価値のあるのを、一々セロファンの包装を開被して検品しなければならず、そのような手数をかけて、調査しても一旦開被した以上最早商品として売り出すことは不可能である)、商品価値のないものを販売できる筈がない。そして第二に、商品価値のないものは値段がつく筈がないのであり、破産者はこれを一デカにつき三一〇円値引きして、二〇〇円で取引先に販売したとしているが、商品価値のないものならば、一〇円でも値段はつく筈がないのであって、経験則に反する認定と言わざるを得ない。破産者が二〇〇円との値引額を策出したのは、本件商品の売買代金支払のために振出し、かつ、引受けた為替手形金の支払を故意に免れ、いわば踏み倒すために考えた末の策であること明らかである。
以上のとおり原審判決は、事実認定において、経験則に反する誤りを犯しており、これが相当性の法律上の解釈を誤らす結果を招来し、判決の結果に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
民事訴訟法一九八条二項の申立<省略>